ここまで2本の記事にわたって、エイタさんとエイタパパさんの歩みを紹介してきました。
第1弾では、「G1優勝するまで絶対辞めない」という一つの目標を親子で追い続けた4年間。
2024年JCS東京での敗戦をきっかけに、夢だったG1優勝が具体的な目標へ変わり、実戦と遠征を重ねる中で、父が導いていたベイブレードが少しずつ「父が託し、息子が自分で戦うベイブレード」へ変わっていった過程を追いました。
第2弾では、視点を変えて「エイタさんは、実際にどうやって勝っていたのか?」を深掘り。
シャークスケイル1-50R、一投目で相手を見るシュート戦略、スピンまで取りにいく考え方、3on3。
そこから見えてきたのは、単に「強いベイ」を使っていたのではなく、実戦を繰り返しながらエイタさんが信じて、迷わず戦えるベイと戦い方を親子で作り込んでいたことでした。
まだ第1弾・第2弾を読んでいない方は、こちらから読むと今回の回答がより追いやすくなると思います。
そして第3弾となる本記事は、少し役割が違います。
ここでは、私の解説を主役にしません。
今回の特集の出発点になった、エイタパパさんへの8問一答インタビューをまとめています。
始めたきっかけ。
2024年JCS東京での敗戦。
遠征と実戦。
親子でぶつかったこと。
シャークスケイルと作ってきた勝ち方。
「もう辞めよう」と思った時期と、そこからのG1優勝。
そして家族や岡山の仲間への思い。
第1弾、第2弾で私が言葉にしてきたものは、すべてこの回答から始まりました。
もちろん解説記事では、読み手として感じたことや、取材を通して見えてきたことを私なりに整理しています。
でも、一番大切なのはやはり「本人がどう語ったのか」だと思っています。
そのため本記事では、エイタパパさんの言葉をそのまま残しました。
解説を読んだあとだからこそ、「あの記事のあの部分は、この言葉から生まれたのか」と見えてくるところもあると思います。
今度はぜひ、エイタパパさんご本人の言葉で、親子の4年間を追ってみてください。

【左から】G1セノッピーカップ名古屋/優勝・1週間後のG1セノッピーカップ大阪/4位・GP2026予選 G1大阪/3位
エイタ親子|8問一答インタビュー(原文)
Q1|親子のベイブレードは、どう始まった?

エイタさんがベイブレードを始めたきっかけと、エイタパパさんも一緒にここまでのめり込んでいった経緯を教えてください。
最初から大会で勝つことを意識していたのか、それとも遊んでいく中で少しずつ本気になっていったのか。
「ここから親子のベイブレードが始まった」と思う出来事もあれば、あわせて教えてください。
A1
始めたのは4年前、ベイブレードバースト末期です。
当時はコロナ禍でどこにも遊びに行くことがなく、つまらない休日を過ごしてました。とある日、友達の家に行ったら、その友達が近くのおもちゃ屋さんにベイブレードの大会に出場すると言うことで、一緒に連れて行ってもらい、訳も分からず友達のベイを借りて出場しました。
もちろん試合は勝てるはずがなく、ボコボコにされたそうです。
帰ってきて楽しかったけど、負けて悔しかったと話を聞き、また大会に出たいと言うものだから、それなら自分のベイを買ってから出場しようか!
というわけで、はじめてエイタにベイブレードを購入しました。そこからベイブレードについてどれが強くて、何を買えば良いのか調べ始め、どんどん沼にはまっていきました。
負けず嫌いで、何かにハマると、突き詰めないと気が済まない性格の父と子の本領発揮です!
しばらくすると試合にも勝てるようになり、何度か優勝もできるようにまで成長しました。
そして県外の大会にも行くようになりました。
しかしながら始めてから1年もたたないうちに、ベイブレードバーストが終了してしまい、大量に購入したベイが鉄屑となってしまいました…!これが我が家の始まりです!
たまたま友達の家に行き、大会に連れて行ってもらったこと。
負けず嫌いな親子…調べだすと止まらない父…!
Q2|2024年JCS東京の敗戦から、何が変わった?

エイタさんが「一番印象に残っている試合」として挙げていた、2024年JCS東京での敗戦。
エイタパパさんも「あの負けがエイタを強くするきっかけになった」と振り返られていました。
あの試合を境に、練習、調整、大会への参加、気持ちや目標など、親子の中で具体的に何が変わったのでしょうか?
A2
2024年JCS東京 G1で エイタがステージまであと一歩までいった日!この時はロッド全盛期
エイタのワンベイもすべてロッドBこれを勝てば念願のステージに立てる!
しかし番号を引くと、待ってたのは13−ソウスケくん!ロッドミラーで行くかアタックで行くか悩みましたが、ロッドを選択!
このロッドには自信があったし、どこまで食い下がれるかやってみたかった。
結果完敗!
次元が違った!
違いすぎて悔し涙も出なかった!後で振り返ると、何故G1のベスト8であのソウスケくんにミラーを選んだか今でも後悔してます。
その後ソウスケくんはチャンピオンに、エイタは順位決定戦すべて勝ち5位で終了!
まだこの試合前まではG1チャンピオンは夢のような話でした!
しかしこの負けから、レギュラー期間中に必ずG1チャンピオン🏆️になると言う目標がここで生まれました!それからは、あらゆる大会に出場し、様々な人、ベイと対戦し実戦でどうすれば勝てるかを、ひたすら試してきました!
もちろんベイの調整もより時間をかけ仕上げては大会で試すの繰り返しです。エイタは家ではほとんどベイをしません!
すべて大会や、そこでのフリバで実戦を重ねて成長してきました。私も口出しはたくさんしますが、ほとんどは試合で培ってきた感性で動いているのだと思います!

2024年の大会でエイタ選手とソウスケ選手が対戦する様子。エイタ選手がG1優勝を目標にする転機となった一戦
Q3|遠征と実戦経験は、「勝負強さ」をどう作った?

岡山での大会に加え、県外へも何度も遠征されてきました。
遠征や実戦経験を重ねてきた理由と、それによってエイタさんにどんな変化があったと感じていますか?
また、エイタパパさんから見た「エイタさんの強さ」はどこにあるのでしょうか?
A3
岡山ではG3大会の他に毎週のようにS1大会(1日6試合)を開いてくださるベテランブレーダーさんがいて、G1前になるとG1仕様(1,2回戦はインフィニティなど)で実戦を繰り返し、前日は練習会も開いてくれます。岡山のレギュラー陣はそこの実戦で強くなってきました!
エイタも同じく実戦を繰り返し、合間でのフリバで色々試し成長してきました。遠征は、普段対戦しない人と試合をすることとその場所の環境を知ること。
慣れない場所でも力を出せるようにすること!G1は誰と対戦するか分からないし、何のベイがくるかも分からない。
すべてはG1で勝つための勝負感を磨くため!このように実戦を繰り返すことで、勝負強さは生まれたのかもしれません。

【遠征】スパワールドG2/3位入賞時の1枚
Q4|成長とともに変わった、親子での“決め方”

経験を積むにつれて、エイタさん自身の考えや感覚も強くなっていったのではないかと感じています。
カスタムや戦い方を決めるとき、親子の関係はどのように変わっていきましたか?
意見が違ったとき、どこまでアドバイスし、どこから本人に任せるのか?
その距離感も教えてください。
A4
以前は完全に親主導で決めていましたし、エイタもすぐ聞いてきました!
言うことを聞かない時もありますが…。ワンベイがシャークスケイルに変わってからは99%シャークで通していたので、3on3だけは親がアドバイスをしていました。
しかし、トイザらスのようにワンベイ1ポイントでもシャークでいこうとするので、口論となることは度々ありました。
結局は親が折れるのですが…。
最後はエイタに任せてます。
Q5|シャークスケイルと作った「エイタの勝ち方」

長く使ってきたシャークスケイルを選び続けた理由を教えてください。
また、シャークスケイル1-50Rのラチェットを1枚刃・50mmに選んだ理由、エイタさんのシュートとの相性や得意な勝ち方についても伺いたいです。
あわせて、最後の3on3でNrビットを採用した理由と、3本それぞれの役割・勝ち筋についても教えてください。
A5
この問いに関しては悩みましたが、レギュラーが終わったので、全て公開します!エイタの性格から攻める方が合ってると思ったのと、本人も好んでシャークを使いたがってたのがありましたが、1番は単純に強かった!
それとインフィニティスタジアムの登場がかなり大きかったと思います。
セノッピーカップがすべてインフィニティスタジアムだったので、エイタに合うベイを模索してやはりシャークでいこうとなりました。
セノッピーでG1大会を優勝できたのは、インフィニティをとことん研究し、インフィニティで試合する大会を調べ、遠征し実戦を繰り返して準備したからだと思います。
その頃からのシャークスケイルのカスタム↓
セノッピー名古屋🦈1-60L、大阪1-60L→1-60LR
GP予選大阪1-60R→1-50R
と、環境により変えてきました。インフィニティでもエクストリームでも戦術は同じ。
アタックベイだが全てにおいてスピンを取りに行く!
ロッドでやる逃げる戦術と基本同じ。
追い込まれたら攻めに転じる。エイタのシャークでの基本戦術
一投目は様子見で強く打たない!相手のベイがどれくらい強いか測る。ちなみに、相手がロッドなどの持久でも同じように様子をみます。
その後はスピンを取れる程度に力をいれて打つ!
追い込まれてはじめてフルパワーで飛ばしに行く!このやり方はワンベイ2ポイント制の大会でもエイタはやっています!
2ポイントだから一投目は様子をみなくていいよ!と私は言うのですが、本人は絶対的自信があるのでしょうか?
それを貫きます!何故?
シュートパワーを上げることで、反発で自分が飛んで行く可能性が上がるので、極力抑えて打つ。
そして自ら出ていく確率を下げる。
↑
これ実際のG1大阪3位の準決勝で現実におき負けました!この戦い方はミラー対決、アタック対決において絶対にスピン負けしないベイを作ることが大前提で、ベイとの信頼関係が成立しないとできません。
スピンは取れると思って臨むと、気持ちにも余裕ができます。特にG1は何のベイがくるかわからないので、全てにおいてシャークで対応できる戦い方を見出す必要もあります。
エイタはロッドを飛ばすのに絶対的自信を持ってます!
しかし最後のG1(選抜ベスト16敗退)の時はあと1回飛ばせず優勝者に負けましたが…。
「何が来ればこうする!」と、すべてのベイを想定してシミュレーションし、「これが来ると苦手」というものをなくすことが大事です。
ベイはほとんど私が作り、エイタに託してます。
そのベイを信用してやってくれてるのも、親子の良い関係かと思います。
よく文句も言われますが…。あと、エイタはシュートパワーがスゴいとかよく言われますが、実際には、普段試合では10,000を切るくらいでしかシュートしてません!
追い込まれても、10,000を少し越えるくらいです!
(MAXは13,000程しか出ません!もっとスゴいレギュラーっ子は沢山います)
シュートの精度を保とうとするとレギュラーはそれくらいがベストと考えます。
1-50について
シャークスケイルミラーを意識し、組んだものです。
低くすることで、飛ばされる確率を下げる。これかなり重要!
あと、何故シャークのカスタムはスピンを取れる7-60ではないのか?
これも何度も試しましたが、リバース率、バースト勝率、スピン勝率、被オーバー率全て考慮して1-50に行き着きました。また、LRではスピンが取りにくいので、ビットはR!
実際今年G1での2大会でミラーで飛ばされたのは1回のみでした!
3on3のNrについて
本来の構成は
①シャークスケイル1-50R
②エアロ7-60LR
③ロッド1-60Kですが、
今回はロッドKを外してグローリーを採用。3on3は基本2アタック1ディフェンスでいつも組んでます。
ロッドKは試合で自爆する事があったので、今回見送りし、エイタがシャークの次に好きで、何にでも対応できるグローリーを選びました!
グローリーのアタック軸は一発の力がスゴいですが、スピンでは勝てない。
この場での1ポイントは重要。
なので、アタック・守りどちらもできるNrを採用しました。
Q6|一番嬉しかった時間と、一番苦しかった時間

これまで親子でベイブレードを続けてきた中で、一番嬉しかった・楽しかった思い出と、逆に一番つらかった・苦しかった時期を、一つずつ挙げるとしたら何でしょうか?
また、その苦しい時期にも続けられた理由があれば教えてください。
嬉しかったこと
A6
G1チャンピオンになった時はお互い嬉しかったですが、頂点に立つと不思議と涙もでなかったし、夢が現実となり嬉しいより何かホッとした感じでした!それよりこの前のG1大阪で3位となった時は、悔しかったですが、オカヤマンの応援がとても嬉しかったです。
エイタがファイナリストで紹介される時に、照れくさそうにしてたのが全てを物語ってます!過去のG1ファイナリストの時は、完全アウェー状態でしたので、この時の応援はかなり後押しになったと思います。
みんなの前で優勝したかったと本人も言ってました!

G1大阪の準決勝へ向かうエイタ選手とエイタパパさんの後ろ姿
苦しかったこと
2025年GP予選G1ではじめて3on3(当時はベスト16から3on3)まで辿り着いたが、そこで負けた。その時は親子で泣いた!本当に悔しかった!
そしてこのGP予選が終わった頃から、まったく勝てなくなり、何やっても上手くいかない時期が続きました。
試合をすることが辛くなり、もう辞めようかと思いました。
本人も勝てないのが相当ストレスになってました。岡山ではじめて行われたG2大会で結果が出なかったら辞める予定で挑んだが、やはり駄目でした!
辞めようと決めた!しかし、考えるとそんなプレッシャーをかけられた状態で小学生が力を発揮できるはずもないよな…と思いエイタに今後の意思を聞きました!
答えは、G1優勝するまで絶対辞めない!ベイは辞めない!
そうだよな、あの時G1チャンピオンになると決めたもんな!
そこからは初心に戻り、遠征を繰り返しながら、試合の中でエイタに合うベイを探し、やっと頻繁に優勝できるところまで戻ってきました。
そしてその年、冬の最初のG1で念願のG1チャンピオンとなりました。この苦しい時期があったからこそ、チャンピオンになれたと思います。
Q7|エイタ家にとって、ベイブレードとは?

エイタさんとパパさんだけでなく、お母さまも大会に参加されたり、ご家族で遠征されたりしています。
今、エイタ家にとって「ベイブレード」はどんな存在でしょうか?
ベイブレードを始めたことで、ご家族の中に生まれた時間や変化があれば教えてください。
A7
我が家にとってベイブレードとは
エイタの小学生の思い出すべてです。コロナ禍どこにも遊びに連れて行ってあげられなかった!
コロナがおさまっても、ベイ遠征の繰り返しで観光もせず試合してすぐ帰るが定番でした。エイタの思い出はベイしかないのです。これで良かったのか?
と今はちょっと後悔してます。妻は正直ベイ反対です!
ベイなんかどうでもいい!が口癖です!週末は家の事をして欲しい!とよく文句を言われます。
どこのベイ家庭もこんな感じなのでは?
しかしながら、遠征にも付き合ってくれることもあるし、試合にも出ます。
試合に出ると必ず結果を残す恐ろしきブレーダーなのです!
なのでベイは嫌いではないと思います。
本人はパパブレーダーを倒すのがストレス解消なんだそうです!G1前日は必ず手作り餃子を作ってくれてそれを食べてから夜出発するのが我が家のルーティン。
G1は必ず父のみが付き添い、妻は頑張ってこいと見送ってくれます。頑張るエイタのことは応援してくれてます。
G1を獲った時には、1番に報告しました!
いつもありがとうと!
その後はG1獲ったからもうベイしなくていいじゃんと言われてますが…。
あと、今の我が家(父)の目標は家族でチーム戦で優勝すること!
でもエイタが家族でやりたがりませんが…!
思い出として、結果を残したいです!

【エイタ一家】G2大会で獲得したランチャーたち/最強家族の入賞記録
Q8|レギュラークラスを走り終えて、これからの子どもたちへ

G1優勝だけでなく、何度もファイナリストの舞台に立ち、勝った大会も、あと一歩届かなかった大会も経験されてきました。
レギュラークラスでのこれまでを振り返って、今どんな気持ちですか?
そして、岡山の仲間や応援してくれた皆さん、これからレギュラークラスの大会を頑張る子どもたちと親御さんへ、伝えたいことがあれば自由にお願いします。
A8
レギュラーを振り返って
Xにも戦績をあげましたが、これだけ結果が出るとは始めた時は思いもしませんでした!多分戦績だけでは日本一のレギュラーだったと私は思ってます!(親バカ!)
プロがあるなら、ならせてあげたい…!
ただ楽しく、みんなでワイワイやってたベイがいつの間にか、
勝ちたい!
優勝したい!
に変わり、真剣勝負の玩具に変わっていきました。G1のとき、シュートを構える横顔は、いつもとは違う何か覇気を感じる顔!
これほど1つのことに真剣に取り組んだことはなかったので、ベイを通じて心身共に成長したな!と思います。頻繁にG3、S1大会が行われる岡山にいたからこそ、この成績がついてきたと思っています。
井原S1でエイタの試合勘を作り、そこで強いお兄ちゃんとのフリバでベイをとことんぶつけ合い、皆強いオカヤマンとの試合で強くなってきました!
大会でみんなと遊ぶことも楽しみにし、いつもワイワイ言いながらベイをして、成長してきたので、オカヤマンの皆さんには本当に感謝してます。
次に続くOKAYAMAN Jr.は来年絶対出てくるでしょう!それくらいレベルの高いレギュラーっ子でいつもバトルしているので!
あといつも試合をしてくださる店舗様にも感謝です!

【左から】G1セノッピーカップ名古屋/優勝後 地元・岡山での祝勝会の1コマ
レギュラー選手へ
諦めたら終わり、絶対チャンピオンになるという強い気持ちがあれば、願いは叶う!
ベイブレードの勝敗は運ではない!
すべては自分の努力次第!このベイなら絶対負けない相棒を作り、自信を持って試合に臨むこと!
編集後記|エイタパパさん・エイタさんへ感謝
ここまで8つの質問を、エイタパパさんご本人の言葉で読んでいただきました。
第1弾、第2弾を書き終えたあとで改めてこの原文を読み返すと、私は一つ感じることがあります。
本当は、どれも別々の話ではなかったんだな。
2024年JCS東京で負けたこと。
「G1チャンピオンになる」と親子で決めたこと。
岡山で実戦を重ね、県外へ遠征したこと。
シャークスケイルを何度も試し、カスタムやシュートを変えていったこと。
勝てなくなり、辞めようと思ったこと。
そこでエイタさん自身が「G1優勝するまで絶対辞めない」と言ったこと。
そして、家族や岡山の仲間と過ごしてきた時間。
第1弾では「親子の4年間」。
第2弾では「勝ち方」。
読みやすくするために2つのテーマへ分けて解説しました。
でも、エイタパパさんの言葉で読むと、それらは全部つながっています。
勝ちたいという目標があったから実戦へ行った。
実戦へ行ったから、自分たちの勝ち方ができていった。
うまくいかない時間も含めて一緒に過ごしたから、親子の役割も少しずつ変わっていった。
そうして積み重なったものの先に、G1優勝がありました。
そして今回の8問の中で、私が改めて心に残るのが、エイタ家にとってのベイブレードを聞いたときの言葉です。
我が家にとってベイブレードとは、エイタの小学生の思い出すべてです。
G1優勝も。
45回のG3優勝も。
悔しくて泣いた試合も。
遠征した道のりも。
お父さんと口論したことも。
G1前日に食べたお母さんの餃子も。
岡山のみんなに応援してもらったことも。
全部ひっくるめて、エイタさんの小学生時代なんだと思います。
だから今回の特集は、G1チャンピオンの「強さの秘密」だけを残す記事にはしたくありませんでした。
一人の小学生と、そのお父さん、家族、仲間たちが、一つの目標に本気になった時間。
その4年間を、できるだけ丁寧に残すこと。
3本の記事を通して、それができていたら嬉しいです。
ここまで率直に、そしてカスタムや戦術まで惜しみなくお話しくださったエイタパパさん。
そして、この4年間の主人公であるエイタさん。
本当にありがとうございました。
エイタ選手特集|解説編もあわせてどうぞ
この原文インタビューを読んで「もう一度整理して読みたい」と思った方は、第1弾・第2弾もぜひあわせてご覧ください。
第1弾では、夢だったG1優勝が目標へ変わり、親子で追い続けた4年間を。
第2弾では、シャークスケイル1-50R、シュート戦略、3on3を中心に、エイタさんの「勝ち方」を技術面から掘り下げています。
大会・選手特集をもっと読む
ベイ専Hobbyでは、大会で活躍する選手や、そのご家族・チームへの取材記事を掲載しています。
結果や強さだけではなく、その人がどう考え、悩み、積み重ねてきたのか。
これから大会に挑戦する方や、親子でベイブレードを楽しむ方にも残る言葉を、これからも丁寧に届けていきます。
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