【エイタ選手】「G1優勝するまで絶対辞めない」夢を目標に変えた親子の4年間

エイタ選手のG1優勝までの4年間を振り返る記事のサムネイル。FINALISTユニフォーム姿と「G1優勝するまで絶対辞めない」の言葉を掲載 大会・選手特集

G1優勝。G1で3位・4位・5位。さらにベスト16が2回。
G2では優勝4回。
G3では優勝45回。
そして年間総合ランキングは、2024年3位・2025年5位。

レギュラークラスを走り終えたエイタさんが残してきた戦績です。

中でも強く印象に残るのが、2025年11月。

G1セノッピーCUP名古屋で優勝。
その8日後に行われたG1セノッピーCUP大阪でも4位。

2大会連続でG1ファイナリスト。

2026年に入ってからもG1大阪で3位、西日本G3選抜予選ではベスト16まで勝ち進みました。

エイタ選手|レギュラー期の主な戦績
  • G1:優勝1回/3位1回/4位1回/5位1回(ベスト8)/ベスト16×2
  • G2:優勝4回/2位3回/3位2回/4位1回
  • G3:優勝45回/2位31回/3位35回/4位16回
  • 年間総合ランキング:2024年3位/2025年5位/2026年19位(取材時点・暫定)

エイタパパさんが残している戦績記録をもとに整理しています。

年間ランキングも含めて見ると、この数字は「一度、大きな大会で勝った選手」だけでは説明できません。

何年も大会に出続け、何度も勝ち上がり、結果を積み重ねてきた。

では、なぜエイタさんは、これほど何度も大きな舞台で勝ち上がることができたのでしょうか。

もともと、とんでもなく勝負強い子だったのか。
家で毎日何時間も練習していたのか。
特別なカスタムだけに答えがあったのか。

今回、エイタパパさんに4年間のお話をじっくり聞いてみると、見えてきたのは少し違う景色でした。

そこにあったのは、親子で一つの目標を言葉にし、その言葉を、遠征・実戦・試行錯誤という行動に変え続けた時間でした。

そして4年間の中で、父が導いていたベイブレードは、少しずつ「父が託し、息子が自分で戦うベイブレード」へと変わっていきます。

今回は、G1優勝という結果だけでは見えない、エイタさんとエイタパパさんの4年間を追います。

この特集は全3記事を予定しています
  • 第1弾:夢を目標に変えた親子の4年間(本記事)
  • 第2弾:シャークスケイル1-50Rと3on3|エイタ選手の「勝ち方」を深掘り
  • 第3弾:エイタパパさん8問一答|取材回答を原文で掲載

すべての始まりは「楽しかった。でも負けて悔しかった」

今の戦績だけを見ると、最初から大会で勝つためにベイブレードを始めたようにも見えます。

でも、始まりはもっと偶然でした。

ベイブレードバースト末期。
まだコロナ禍の影響が残り、なかなか遊びに出かけられなかった頃です。

ある日、エイタさんが友達の家へ遊びに行くと、その友達が近くのおもちゃ屋さんのベイブレード大会へ出ることになっていました。

一緒についていき、友達のベイを借りて、よく分からないまま大会へ。

結果は――。

もちろん試合は勝てるはずがなく、ボコボコにされたそうです。

なかなか豪快なデビューです(笑)。

でも、家に帰ってきたエイタさんが話したのは、ただ「負けた」ではありませんでした。

楽しかったけど、負けて悔しかった。

そして「また大会に出たい」と言ったそうです。

それなら自分のベイを買って出よう。

そこからエイタパパさんが「どれが強いんだ?」「何を買えばいいんだ?」と調べ始めました。

負けず嫌いで、何かにハマると、突き詰めないと気が済まない性格の父と子の本領発揮です!

試合に勝てるようになり、優勝も経験し、県外の大会へも出るようになる。

そして始めてから1年もしないうちにベイブレードバーストが終了。

パパさんいわく、大量に購入したベイが「鉄屑となってしまいました…!」

……親子の本気が始まった直後に、シリーズ終了。

シリーズの末期からベイブレードを始めた方には、あるあるかもしれません(笑)。

でも、この最初の日にすでに、後のエイタさんにつながるものが見えていた気がします。

楽しかった。
でも、負けたままでは終わりたくなかった。

4年間続く親子のベイブレードは、ここから始まりました。

夢だったG1優勝が「目標」に変わった、2024年JCS東京

エイタ親子にとって、一つ目の大きな転換点がありました。

2024年JCS東京(JAPAN CHAMPIONSHIP 2024 レギュラークラス)

エイタさんはベスト8まで勝ち上がり、ステージまであと一歩のところまで来ていました。

当時はウィザードロッド(以下、略称:ロッド)が全盛の時代。
エイタさんのワンベイもロッドB。

次を勝てば念願のステージ。

そこで対戦することになったのが、13-ソウスケ選手でした。

ロッド同士のミラーで行くのか。
アタックで仕掛けるのか。

悩んだ末、親子が選んだのは、自信を持っていたロッドでした。

結果完敗!
次元が違った!
違いすぎて悔し涙も出なかった!

ソウスケ選手は、この勢いのまま本大会で優勝。
その後、この年のアジアチャンピオンまで上り詰めました。

エイタさんは順位決定戦を勝ち切り、5位で大会を終えました。

5位。

十分すごい結果です。

それでも、この日の意味は順位だけではありませんでした。

エイタパパさんはこう振り返っています。

まだこの試合前まではG1チャンピオンは夢のような話でした!

しかしこの負けから、レギュラー期間中に必ずG1チャンピオンになるという目標がここで生まれました!

ここが、とても大きいと思うんです。

「いつか優勝できたらいいな」という夢が、「レギュラー期間中に必ず優勝する」という目標に変わった。

負けて悔しかった。

でも、本当にすごいのはその次です。

エイタ親子は、その言葉を言葉のままにしませんでした。

エイタ親子のベイブレード・PDCAサイクル
  • 大会に出る。
  • 遠征する。
    知らない相手と戦う。
  • ベイを調整する。
  • 大会で試す。
  • また持ち帰る。
    ※①~⑤をひたすらループ

夢を目標に変えたことで、実際の行動まで変わっていった。

今回の取材を通して、私はここにエイタ親子の強さの原点の一つがあるように感じました。

家ではほとんどベイをしない――エイタ選手を育てたのは「実戦」だった

今回のお話の中で、私がかなり驚いた言葉があります。

エイタは家ではほとんどベイをしません!

すべて大会や、そこでのフリバで実戦を重ねて成長してきました。

これだけの戦績を残している選手です。

家でも毎日、ひたすらシュート練習をしているのかなと思っていました。

違いました。

エイタさんにとって、大会そのものが練習の場だった。

岡山にあった、実戦を重ねられる環境

もちろん、これは「岡山には練習する場所がなかった」という話ではありません。

むしろ逆です。

岡山には、G3大会だけでなく、毎週のようにS1大会を開いてくれるベテランブレーダーがいる。

G1が近づけば、実際の大会を想定したルールで試合を繰り返す。

大会の合間にはフリーバトル(大会外での対戦練習)を行い、強いお兄さんたちとも何度もベイをぶつける。

エイタパパさんは、岡山のレギュラー陣についてこう語っています。

岡山のレギュラー陣はそこの実戦で強くなってきました!

エイタも同じく実戦を繰り返し、合間でのフリバで色々試し成長してきました。

この環境が、まず大きな土台になっていました。

それでも親子は、県外へ出ていった

ただ、エイタ親子は岡山の中だけには留まりませんでした。

県外へ何度も遠征しています。

目的は、ただ「大会の数を増やすこと」ではありません。

遠征は、普段対戦しない人と試合をすることと、その場所の環境を知ること。

慣れない場所でも力を出せるようにすること!

知らない会場。

普段は戦わない相手。

何を使ってくるのか分からない。

少し大げさに言えば、親子で続けた「武者修行」のようなものだったのかもしれません。

遠い場所まで移動する。

時間もかかる。
体力も使う。
家族の予定だって調整しなければいけない。

その手間まで含めれば、一戦一戦の重みも自然と増していったのではないでしょうか。

もちろん、これは私の受け止めです。

ただ、G1という大舞台も結局は、「知らない相手と、その日、その場所で、一発勝負をする」世界です。

エイタパパさん自身も、こう話していました。

G1は誰と対戦するか分からないし、何のベイがくるかも分からない。

すべてはG1で勝つための勝負感を磨くため!

このように実戦を繰り返すことで、勝負強さは生まれたのかもしれません。

何度もG1の上位へ残ってきたエイタさん。

その「勝負強さ」は、生まれ持った度胸だけでは説明できないのかもしれません。

知らない状況で戦うことを、何度も何度も経験してきた。

実戦をベースにした親子の二人三脚。

その積み重ねが、大舞台でも普段の力を出すための土台になっていったように感じます。

親が決めるベイブレードから、「エイタが決める勝負」へ

親子で競技を続けていると、難しい問題が出てきます。

どこまで親が口を出すのか?

「こっちの方が勝てそう」と思う親。

「いや、僕はこれで行く」と言う子ども。

……ありますよね。
親子ベイの、なかなか難しいところです。

エイタ家も、最初から今の関係だったわけではありません。

以前は完全に親主導で決めていましたし、エイタもすぐ聞いてきました!

言うことを聞かない時もありますが…。

この最後の一文、非常に「親子」です(笑)。

ところが、経験を積むにつれてエイタさん自身の感覚が育っていきます。

ワンベイでは、ほとんどシャークスケイルを選ぶようになった。

パパさんが「別の選択の方がいいのでは」と考えても、エイタさんはシャークで行こうとする。

当然、ぶつかります。

口論となることは度々ありました。

結局は親が折れるのですが…。
最後はエイタに任せてます。

私は、この変化が今回の取材の中でもすごく印象に残りました。

親が何も言わなくなったわけではありません。

パパさんは今もベイを作り、調整し、3on3ではアドバイスもする。

でも最後に戦うのはエイタさんです。

Q5では、こんな言葉もありました。

ベイはほとんど私が作り、エイタに託してます。

そのベイを信用してやってくれてるのも、親子の良い関係かと思います。

よく文句も言われますが…。

父が作る。

息子が信じて戦う。

そして父は、最後は任せる。

これもまた、二人三脚なんだと思います。

何でも二人で同じように決める二人三脚ではない。

成長するにつれて、それぞれの役割が分かれていった二人三脚。

「父が導くベイブレード」から、「父が託し、息子が自分で戦うベイブレード」へ。

4年間の中で変わったのは、戦績だけではありませんでした。

【第3弾/原文記事予定】”Q4の回答”
トイザらスG3大会、エイタさんがエイタパパと口論になったエピソード必見です。
父が子どもに託すまでのリアルエピソード。
投稿開始まで乞うご期待!!

「もう辞めよう」――親子が一番苦しかった時間

ここまで読むと、順調に強くなり続けてきたように見えるかもしれません。

でも、そうではありませんでした。

2025年のGP予選G1。

エイタさんは初めて3on3までたどり着きます。

しかし、そこで敗退。

その時は親子で泣いた!
本当に悔しかった!

そして、その大会を境に状況が変わります。

まったく勝てなくなり、何やっても上手くいかない時期が続きました。

試合をすることが辛くなり、もう辞めようかと思いました。

本人も勝てないのが相当ストレスになってました。

岡山で初めて行われるG2大会。

パパさんは、ここで結果が出なければ辞めようと考えていました。

結果は出なかった。

「辞めよう」と決めたそうです。

ここで、エイタパパさんは一度立ち止まります。

しかし、考えるとそんなプレッシャーをかけられた状態で小学生が力を発揮できるはずもないよな…と思いエイタに今後の意思を聞きました!

この言葉も、私はすごく大事だと思います。

親だって、勝たせてあげたい。

ここまで時間を使って遠征してきた。

目標も一緒に追ってきた。

だからこそ、結果を求める気持ちが強くなる。

でも、その気持ちがいつの間にか、子どもにとってプレッシャーになっていることもある。

そこで「親が決める」のではなく、改めて本人に聞いた。

エイタさんは、どうしたいのか。

「G1優勝するまで絶対辞めない」――目標は、もうエイタさん自身のものだった

その問いに対するエイタさんの答えが、今回の記事タイトルになった言葉です。

G1優勝するまで絶対辞めない!
ベイは辞めない!

パパさんは、こう続けます。

そうだよな、あの時G1チャンピオンになると決めたもんな!

2024年JCS東京

あの日までは「夢のような話」だったG1優勝。

敗戦をきっかけに、親子の「目標」になった。

そして勝てなくなり、父親の方が「辞めよう」と思ったとき。

今度は、息子本人の口から「辞めない」という言葉が出た。

私はここに、4年間の大きな変化を感じます。

最初は遊びから始まり、父が調べ、導いていたベイブレードでした。

そこから、親子で追いかける目標になった。

そしていつの間にか、G1優勝はエイタさん自身が「絶対にやり切りたい」と思う目標になっていた。

夢が目標になった。

目標が行動になった。

そして最後には、本人の意思になった。

そこから親子は初心に戻ります。

また遠征する。

試合の中で、エイタさんに合うベイを探す。

調整して、試す。

少しずつ結果が戻り、再び大会で優勝できるようになっていきました。

そしてその年の冬。

G1セノッピーCUP名古屋

親子で追い続けた目標だった、G1チャンピオンになります。

ここまでの話を聞いた後なら、「優勝した瞬間は親子で号泣したんだろうな」と思いませんか。

私もそう思いました。

でも、実際は違ったそうです。

G1チャンピオンになった時はお互い嬉しかったですが、頂点に立つと不思議と涙もでなかったし、夢が現実となり嬉しいより何かホッとした感じでした!

「やった!」より先に、「やっと、たどり着いた」だったのかもしれません。

その一言に、親子で追ってきた時間の長さが表れているように感じました。

戦績表の数字以上に、私が心に残ったもの

今回、エイタパパさんが残している戦績を見せてもらいました。

G1だけではありません。
G2。
G3。

一つひとつの大会結果が、丁寧に記録されています。

もちろん、その数字自体もすごい。

でも、私がその記録を見ていて強く感じたのは、少し別のことでした。

「これを、お父さんがずっと残してきたんだな」ということです。

大会へ連れていく。

遠征する。

ベイを調整する。

試合について話す。

こうした支えは、外からも比較的見えやすいものです。

でも、終わった大会の結果を一つずつ記録して残していくことは、直接「次の一勝」を生む作業ではありません。

それでも残している。

私はそこに、「結果を管理している」というより、「息子が本気で取り組んだ時間を残している」ようなものを感じました。

勝った大会だけではありません。

積み重ねてきた大会そのものが、エイタさんの小学生時代の記録になっています。

ここで少し、親御さんに聞いてみたいです。

お子さんが今、夢中になっているもの。

その結果や思い出を、皆さんはどんな形で残していますか?

写真でもいい。

大会の賞状でもいい。

何気ないメモでもいい。

子ども本人は、今はそれほど気にしていないかもしれません。

でも大きくなってから振り返ったとき、「自分がこんなに夢中になっていた時間があった」「親がちゃんと見ていてくれた」と分かるものになるかもしれません。

エイタパパさんの戦績表を見ながら、私はそんなことを考えました。

偉そうに問いかけをした店主…。すみません…。
エイタパパを見習い、この記事を書いている今の今から、子どもの記録残していきます(笑)
言葉を行動に変えていきます!!

試合会場で見えた、言葉のない親子のやり取り

もう一つ。

これは取材回答ではなく、私自身が会場でお二人を見ていて感じたことです。

ですので、ここから先は事実として断定するのではなく、あくまで私の目にそう映った、という話として読んでください。

試合中、エイタさんがお父さんの方へ視線を向ける場面がありました。

一方のエイタパパさんは、少し離れたところから、戦う息子さんをじっと見ているように見えました。

その視線に何を感じていたのか。

エイタさんが本当に「お父さんの顔を見て安心していた」のかまでは、私には分かりません。

以前からずっと同じ距離感だったのかも、私には分かりません。

ただ、その日の二人を見ていて。

私はそこに、何度も遠征し、何度も負け、何度も一緒に考えてきた親子だからこその、言葉にしなくても通じるような信頼を感じました。

父は、息子が戦えることを知っている。

息子もまた、父がそこにいることを知っている。

私には、そんな距離感に見えたのです。

そして取材後に、

最後はエイタに任せてます。

というQ4の言葉と、

ベイはほとんど私が作り、エイタに託してます。

というQ5の言葉を読んだとき。

あの日に見た二人の姿と、私の中でつながりました。

最初は親主導だった。

今は、父が準備し、息子が戦い、父は任せる。

言葉にしなくても、お互いがお互いの役割を信じられるところまで来た。

もしそうだとしたら、それこそが4年間で二人の間に積み上がったものなのかもしれません。

G1優勝の裏には、家族と「オカヤマン」がいた

ここまで父と息子の話を中心に書いてきました。

でも、エイタさんの4年間は二人だけで作られたものではありません。

「ベイなんかどうでもいい!」と言いながら

エイタパパさんによれば、お母さまは――。

妻は正直ベイ反対です!
ベイなんかどうでもいい!が口癖です!

そして週末には、

家の事をして欲しい!

と言われるそうです。

全国の親子ベイ家庭から「うちもです」という声が聞こえてきそうです(笑)。

でも、そのお母さま。

遠征に付き合うこともある。

大会にも出る。

しかも出ると結果を残す。

パパさんいわく、「恐ろしきブレーダー」だそうです。

そしてG1前日には、必ず手作り餃子を作ってくれる。

親子でそれを食べて、夜に出発する。

G1は父が付き添い、お母さまは「頑張ってこい」と二人を送り出します。

G1を獲ったとき、パパさんが一番に報告した相手もお母さまでした。

いつもありがとうと!

その後は、

G1獲ったからもうベイしなくていいじゃん

と言われているそうですが……そこまで含めてエイタ家です。

優勝以上に嬉しかった、オカヤマンの応援

そして、もう一つ欠かせない存在が岡山の仲間(通称:オカヤマン)たちです。

エイタパパさんは、G1チャンピオンになった瞬間とは別に、特に嬉しかった出来事を挙げてくれました。

2026年G1大阪で3位になったときのことです。

悔しかったですが、オカヤマンの応援がとても嬉しかったです。

エイタがファイナリストで紹介される時に、照れくさそうにしてたのが全てを物語ってます!

それまでG1でファイナリストになったときは、完全なアウェーに近い状況だったそうです。

でも、この日は違った。

普段一緒に戦っている岡山の仲間が応援してくれた。

みんなの前で優勝したかった

エイタさん本人も、そう話していたそうです。

(岡山県)井原S1で試合勘を作ってくれた人たち。

フリバで何度も相手をしてくれたお兄さんたち。

普段から一緒にバトルしてきたレギュラーの子どもたち。

大会を開いてくれる店舗の皆さん。

遠征先で出会った数え切れない相手。

一人の強い選手が、ある日突然できあがったわけではありません。

たくさんの人とベイをぶつけ合った時間の中で、エイタさんは強くなっていった。

今回のお話を聞いていると、そのことが何度も伝わってきました。

レギュラーを走り終えたエイタ親子から、これからの子どもたちへ

レギュラークラスを振り返った最後の質問で、エイタパパさんはこう話してくれました。

ただ楽しく、みんなでワイワイやってたベイがいつの間にか、勝ちたい!優勝したい!に変わり、真剣勝負の玩具に変わっていきました。

G1のとき、シュートを構える横顔は、いつもとは違う何か覇気を感じる顔!

これほど1つのことに真剣に取り組んだことはなかったので、ベイを通じて心身共に成長したな!と思います。

最初は、友達のベイを借りて出た大会でした。

そこから4年。

楽しいだけだった遊びが、本気で勝ちたい競技になった。

親が決めていたことを、自分で決めるようになった。

負けても、また戦った。

そして、夢のようだったG1チャンピオンに本当になった。

最後に、これからレギュラークラスを戦う子どもたちへ、パパさんはこう言葉を残しています。

諦めたら終わり、絶対チャンピオンになるという強い気持ちがあれば、願いは叶う!

ベイブレードの勝敗は運ではない!
すべては自分の努力次第!

このベイなら絶対負けない相棒を作り、自信を持って試合に臨むこと!

もちろん、ベイブレードの一戦には相手がいて、ベイ同士の当たり方もあります。

だからベイ専Hobbyとして、「努力すれば誰でも必ずG1で優勝できる」とまでは言いません。

でも、エイタ親子がこの4年間でやってきたことを見ると、パパさんの言う「努力」の意味はよく分かります。

運が悪かったで終わらせず、自分たちに変えられるものを探す。

実戦に行く。

負ける。

考える。

また試す。

それを何年も繰り返した。

だからこそ、エイタさんには「このベイなら戦える」という自信が生まれたのだと思います。

まとめ|G1優勝よりも、その途中に積み上がったもの

今回の取材前、私がエイタさんに強く感じていたのは「勝負強さ」でした。

何度もG1で上位へ進む。

大舞台になればなるほど、また名前が出てくる。

なぜ、こんなに勝負強いのだろう。

それを知りたくて、お話を聞きました。

でも、取材を終えて一番強く残ったのは、「強さの秘密」だけではありませんでした。

「G1チャンピオンになる」――親子で言葉にした一つの目標。

その言葉を、遠征、実戦、試行錯誤という行動に変え続けたこと。

そしてその時間の中で、

“父が導くベイブレード”が、“父が託し、息子が自分で戦うベイブレード”へと変わっていったこと。

その裏には、息子の大会結果を一つひとつ残し続ける父がいる。

G1前日に餃子を作り、「頑張ってこい」と送り出す母がいる。

実戦の場所を作り、何度も戦ってくれるオカヤマンがいる。

そして遠征先で出会った、たくさんのブレーダーがいる。

だから私は、この4年間を単純な「強い選手の成功談」としては残したくありませんでした。

一つの目標を、親子で本気で追いかけた4年間の記録。

その方が、ずっと近いと思います。

すべての子どもがG1チャンピオンになるわけではありません。

結果が出ない日もあります。

親子で意見がぶつかる日だってある。

「ここまでやっていいのかな」と親が迷うこともあると思います。

それでも、一つのことを親子で一緒に悩み、遠くまで出かけ、喜んで、負けて、また挑戦した時間は、勝敗とは別のところにも残っていく。

エイタさんとエイタパパさんの4年間を見ていて、私はそう感じました。

G1優勝という勲章(ブレード)は、とても大きな結果です。

でもきっと、その勲章(ブレード)だけでは収まりきらないものが、もう二人の間には積み上がっています。

改めて、ここまで率直に4年間のお話を聞かせてくださったエイタパパさん、そしてエイタさん、本当にありがとうございました。

次回|エイタ選手の「勝ち方」を作ったシャークスケイルを深掘り

今回の記事では、エイタ親子がG1優勝まで歩んできた4年間を中心に紹介しました。

しかし、取材でいただいた回答には、もう一つとんでもなく濃いテーマがあります。

「エイタさんは、実際にどうやって勝っていたのか?」

第2弾では、長く使い続けたシャークスケイルを中心に、

  • なぜシャークスケイルを選んだのか
  • 1-60L→LR→R→1-50Rと変化した理由
  • アタックベイなのに「スピンを取りにいく」戦い方
  • 一投目で相手を見る理由
  • シュートパワーをあえて抑える考え方
  • 7-60と比較したうえで1-50へ行き着いた理由
  • 3on3でロッドKを外した判断
  • グローリー+Nrを選んだ理由

まで、かなり具体的に掘り下げます。

「強いカスタムだから使った」で終わらない、エイタさんが迷わず戦えるベイと勝ち方を、親子でどう作っていったのか。

こちらはカスタム・戦術編として、しっかり別記事でまとめます。

そしてシリーズ第3弾では、今回の取材でエイタパパさんからいただいた8つの回答を、できるだけご本人の言葉のまま読める「8問一答・原文編」として掲載予定です。

関連動画【公式】ベイチューブ|BEYBLADE Channel

エイタ選手のことを知りたい方はコチラがおススメ。
ベイチューブ|BEYBLADE Channel の動画を見たい方はこちらからご覧いただけます👇

出典:ベイチューブ|BEYBLADE Channel 「【BEYBLADE X】G1セノッピーCUP ダイジェストムービー

関連X投稿集(あとで読みたい方向け)

本文中では流れを優先して、関連ログは最小限に留めました。
本編に掲載しきれなかった店主が好きなXポストをいくつかご紹介します。

【父の日】エイタくん、エイタパパのなんともほっこりする漫才

【ベイオフの日】エイタ家の珍しい週末の過ごし方?

【G1優勝後】オカヤマンの皆さんとの素敵な時間

【父の決意?】有言実行だったからこそ心打たれるエイタパパの「とことん付き合うぜ」


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